本を読むということ

こんにちは!

日本語日本文学科3年生の文子です。

武庫川女子大学のゼミは3年生から始まります。私は近代文学のゼミに所属しています。皆さんも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか、近代文学とは、夏目漱石や芥川龍之介などの文豪たちが活躍していた時代の小説のことを指します。

ゼミでは近代文学の小説を読んで、その小説の疑問点を上げていくという課題があります。

ゼミが始まり前期が終わろうとしている今、私の中で本を読むという概念が少しずつ変化していることに気が付きました。

今日は、ゼミを通して私が感じた「本を読む」とはどういうことなのかお話したいと思います。

今までの私の本の読み方といえば、「とにかく早く!」が前提でした。

新刊が出るとすぐに本を買い、ハリーポッターのような分厚い本を1日で読み終えることに満足していました。小学校や中学校では年間250冊から300冊読むという、今では考えられないスピードで本を読んでいたんです!

大学生になり、近代文学のゼミに入りました。先ほども少し説明しましたが、私の入ったゼミでは、1週間に一つの小説を読み、その小説について疑問点を1つ以上書いてくるという課題があります。

一回目のゼミの時です。いつも通り猛スピードで読んだ私は、疑問点を書こうとして止まってしまいました。疑問点が見つからないのです。とりあえず、何とか疑問点をひねり出して提出しました。今、初めて書いた疑問点を読むとあまりの中身のなさにちょっと恥ずかしくなります。

疑問点を探そうとなると何度も読み返さなければならないですし、そもそもどこかに疑問点はないか意識ながら読まなければ見つかりません。私にとって、リアリズム小説というものは厄介です。リアリズム小説は、普遍的な物事を細かく描写している小説のことです。そのため、疑問に思うことが少なく、なかなか疑問点を見つけられないのです。

今までと違い、一つの小説を読むために何日も時間を費やしました。数十ページの短編小説でさえ、読み終えるのに数日は掛かるようになりました。疑問点を忘れないように、本には赤いラインを引くようになりました。

そうして毎週疑問点を上げるうちに、私の書く疑問点とその疑問点に対する解釈が深くなっていきました。素通りしていた小さな表現一つに目を止め、考察していく自分がいました。

今までの私は、読むというより、ただ目を通していただけだと気が付きました。

同じ小説を読み、疑問点を上げていくゼミ仲間ですが、私と同じ疑問点を持ったとしても、同じ解釈をしている人は誰一人いません。それでも、解釈に違和感はなく読めるのです。それは、「本を読んでいるから」に他なりません!小説の一番の醍醐味は、読み手によって複数の解釈ができるところだと思いました。解釈をするためには、小説を深く読み、自分の持つ解釈の妥当性を証明しなければならないのです。

もちろん、短時間でたくさんの量を読むことも大切な読み方の一つですが、一冊をじっくり読んでみることも読み方の一つです。

ぜひ、時間をかけて読んでみてください。きっと今までと違う見え方が生まれるはずです!

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